北海道~フィリピン、ヒーリングの旅1
1月にフィリピンへ行ってきました。
目的は自然療法やフィリピン古来の療法を体験するとともに、ワークショップやセミナーに参加してホリスティックな健康観を学ぶこと。
そして今回私が滞在したAWHが支援している施設を訪問し、困難な状況にある人たちと私たちとのつながりを深い意味で理解することを学んできました。
なぜ私がフィリピン行きを決めたのか。そこには不思議な廻りあわせがありました。
『ちょっと信じられない』内容も出てくるかも知れませんが、これから私の体験をお話しします。
きっかけはこちらの本。以前、当ブログ「治療家の手」でもご紹介しました。
この本の内容は、著者の長井博氏がアイヌの産婆さん、青木愛子さん(1914~1995)への聞き取りにより記録しまとめたものです。
少し本の紹介をします。
第一部「赤ちゃんは喜びながら生まれてくる」ではアイヌお産ばあちゃん愛子の詳細な助産の技を、そして第二部「カムイから伝えられたもの」ではシャーマンとしての青木愛子の人となりが記されています。
<本文>
青木愛子の人となりを簡単に紹介するならば、収入になるかどうかの問題は置くとして、アイヌ世界のプロフェッショナルとしてのイコインカルクル(助産婦)であり、ツスクル(降霊能力者)であり、ウエインカラクル(観自在者)であり、クスリ(薬)や整体を含める各種療術師であるといえよう。
本によると、ツスとは異次元の霊の意識を自分の体内に呼び入れ、その意識に語らせることをいい、この時自分の意識はわからなくなるのだそうです。
他にも愛子の能力にはウエインカラ(千里眼)があり、脳脊髄液や白血球の様子、ウイルス等まで見ることができ、テケイヌ「teke(その手が)-i(物、神、神力、霊能を)-nu(持つ)の意」すなわち手のひらの特別な霊能による触診で診察と治療を行うのです。
愛子にイコンカル(産婆)について教えてくれたのは祖母と母親の二人ですが、愛子は初代から数えて五代目のイコンカルであり、本には歴代継承者についても詳しく書かれています。
三代目の産婆は愛子の母方の祖母ですが、それ以前の二代目と初代の産婆に関する話は愛子の口伝々承や第三者の聞き込み、文献等によっても不明のままでした。そこで最後の手段として愛子のツス(降霊)能力を利用して、初代の産婆に直接尋ねるという方法がとられます。
ツスの実験は筆者の長野博氏がテープレコーダーをセットし、証人を同席して行われました。
そこで明らかになったことは、初代の名前はテンシンイチ(天静一)という方でアイヌではなかったのです。天静一はアイヌの処に来て結婚した、と語ります。
<本文>
博 天静一さんね。どこで生まれたか覚えていますか?
ーあの私は、あれなんだ、海外、のまだ向こうです。あなた行ってきたでしょう、(中略)
ーあなた行って来た処ですよ、山の中で。
博 フィリピンですか?
ーはい。
博 バギオの近くですか?
ーはい、見て来たでしょ。山の下に深い位置があったでしょう。深い山の谷あったでしょう。
(中略)
ーその谷の横っちょに私居たのよ。
博 バギオシティーのラクナムという処の谷ね。
<つづく>
参考文献 アイヌお産ばあちゃんのウパシクマー伝承の知恵の記録 樹心社.1998