治療家の手
よく患者さんから「先生の手はやわらかくて温かいですね」と言われます。ちょっとうれしい。なぜかというと、そういう手をつくってきたからです。普段の私は冷えもありますし、家事仕事もやってますからどちらかというと生活感あふれる手です。でも鍼を持ち患者さんに触れるときは確実に手が変わります。鍼は気を流す道具です。鍼は私の指先と一体となり患者さんの体表にあるツボを出入り口として経絡に気を流します。四千年の叡智である東洋哲学の源流を汲み、古典鍼灸に基づいた手法で行う鍼灸術だからこそ、私の手も治療家としての手に変化するのだと思います。
とはいっても、私もはじめからこのような手を意識していたのではありません。鍼灸師を目指す前、私はアロマセラピストという肩書きで活動をしていました。他にもハーブ、フラワーレメディーなどいわゆる自然療法のお伝えなども行っていました。アロマセラピストとしては地域ケアセンターでベビーマッサージの講師活動、小中学校でアロマ講習会などを開催しました。また病院内で医師の許可のもと、重症心身障害や肢体不自由をお持ちの成人やお子さんたちのアロマオイルケア(マッサージ)のボランティアに参加していました。人の体に手を触れるという行為が、お互いの心身にどれほどの影響力をもたらすかということをこの期間に十分体得したのですが、同時にもっと体系的に人体について学ばなければならないとの思いが強くなりました。それには学問、技術の一定の水準を示す国家資格の取得が必要であると考え、鍼灸あん摩マッサージ指圧師の資格取得を志しました。
その後、経絡治療に出会い、鍼灸学校在学中から現在の学術団体に所属して長年学びを深めてきました。とはいっても、鍼灸学校を卒業したての頃はすぐに鍼で患者さんを治療できる技術も機会もほとんどありません。私の場合、鍼の勉強は続けながら訪問マッサージの会社でパートとして働き始めました。高齢の寝たきりの患者さんや脳血管障害による後遺症で麻痺のある方を担当することが多く、マッサージは極めて慎重に行わなければなりません。リラクゼーションやリフレッシュを求めた強い圧や関節の曲げ伸ばしは大変危険です。指先と手掌に全神経を集中させ必要な部位に適切な施術を行わなければ効果は期待できません。有資格者として責任と緊張感をもって治療にあたりましたが、やはりここでも一番大切なのは患者さんの肌への触れ方でした。そして傾聴とお声かけ。私がはり灸専門として治療に専念するため会社を辞めることになったときに「竹内さんじゃないと…」と言ってくださった患者さんには申し訳ない思いとともに感謝の気持ちでいっぱいでした。
こうして治療家としての手を意識するようになって改めて鍼を持つと、気を受け流す媒体としての鍼が自分の手と一体となることを実感できるようになりました。鍼をしているときに患者さんが「今、お灸ですか?」と尋ねらることがあります。金属の鍼がお灸のように温かく感じられるのです。また、わずかに鍼先を肌に接触しているだけでも「体の奥に鍼が入っていく感じがします」とおっしゃる方もいます。鍼で気血が補われ、変化が起こるとそのような感覚を得る場合があります。事前に説明をしているわけではないので患者さんからの言葉を聞くと鍼の効果が伝わっていることを共有することができます。
鍼技術の修練はここまでということがなく、一生涯が勉強といえます。そして少なからずこれまでの私の鍼灸師以外の経験も今の治療に役に立っているのではないかと思っています。
この本は青木愛子さんというアイヌお産おばあちゃんの伝承と知恵を記録した本です。
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