北海道~フィリピン、ヒーリングの旅2
アイヌの産婆さんでシャーマンの能力を兼ね備えた女性の始祖はフィリピンから海を渡ってやってきました。さらに場所も特定され「ルソン島北部山岳地方の全域を支配したイゴロット族の聖地アシュラム」とあります。
私の生まれ故郷北海道は先住民のアイヌの人たちが古来より居住しています。
北海道の地名、川や山々の名称はアイヌ語由来の独特の響きがあり、よく言葉の意味を調べてみたものです。
荒涼とした原野、雪解けを待つ岩清水、燃えるような秋の紅葉、長い厳冬期とつかの間の夏景色…私の記憶の原風景はアイヌ語の言霊と重なります。
道内各地の郷土博物館には、アイヌの生活様式を伝える様々な道具や厳粛な神事の説明など興味深い展示があり帰省のたびに訪れました。
特に私が惹かれるのはアイヌの信仰の世界です。自然、動物、植物、万物に魂が宿ると考え、日常の営みと深く関係しています。地域や祖先とのつながりも然り。農業や漁業、狩猟すべてにおいて大自然との密接な共存の中で育まれているのです。
「アイヌの霊の世界」(藤村久和著、小学館、1982年)という本は、アイヌ文化とその霊の世界、そして古代日本との関連をシンポジウムや対談からまとめた内容になっています。メンバーは岩田慶治、上山春平、梅原猛、河合隼雄、河合雅雄、作田啓一といった面々で、人類学、地理学、心理学、民俗学、哲学等あらゆる背景からアイヌ文化を語りつくしています。
その中では、シャーマニズム、憑神、霊魂の話も出てきますが、どれも体験やフィールドワークによって調査した記録をもとに対話が繰り広げられます。
さて冬の北海道。暖房の効いた部屋はとても快適に過ごせます。冬にアイスやビールの消費が増えるという話もよくあることです。
しかし屋外、真冬の北海道はちょっとした油断が命取りになる場合があります。
厳寒期の山奥にいたっては本当に命の保証などありません。車で遠出をし、山中の峠で猛吹雪に巻き込まれてしまうと昼間でも視界はほとんどなくなります。まして夜ともなれば全神経を集中してハンドルを握り、ようやく街の明かりが見えてくると心底ほっとしたものです。
冬山に限らず、自然界には人が踏み入ってはいけない領域というものが確かに存在します。その境目で古代の人々は暮らしていました。ですから大自然に畏敬の念を払い、神々や霊の世界を身近なものとして語り継いできたのではないでしょうか。
少し話がそれますが、19世紀頃より近代医学は科学技術の進歩により大きく発展しました。顕微鏡やレントゲンなどの画像診断でこれまで肉眼では見ることができなかった微小な生物や体の内部を視覚で確認できるようになりました。
さかのぼって先史時代の医学は、薬草や鉱物を用い経験的に獲得した知恵で人々の健康を維持してきました。シャーマン、ヒーラーとよばれる人たちは薬草学に加え、まじないや呪術を唱えときには変性意識の中で霊的な存在と交信して、治癒に必要な情報を得て施術を行っていました。視覚で確認する現代の三次元的認識に対し、こちらは多次元の領域の世界といえます。
いまの医学につながる近代医学と、古代人からの流れを汲む伝承医学。どちらが優れているとか劣っているとかではなく、それぞれの時代の健康観で私たちは心身の病と向き合ってきました。
そして長きにわたり人々の健康を支えた伝統医学にはもちろん鍼灸も含まれています。とくに私が行う経絡治療は目には見えない”気の調整”が最も重要な治療目的です。
科学的ではないからとか、見えない世界の話だからといって、長い間先人が培ってきた伝統的な癒しをすべて否定して切り捨てるのはもったいないのではないか。そんな思いを抱いていた私が偶然目にしたフィリピン古来のヒーリングとアイヌの人たちとのつながり。
いくつかのワードを手掛かりに調べてみました。 直感を信じて行動すると何かに導かれるように次々と扉が開いていく感覚があります。さらに数々のシンクロニシティにも遭遇しながら私はフィリピン行きのチケットを手にしたのです。
折しもマニラに到着したのは前出の哲学者、梅原猛さんがお亡くなりになって一週間後のことでした。
<つづく>